思い出

 それは少しだけ苦い、けれど懐かしい思い出――。

「ぁ…っ」
 押し殺したような小さな声が上がった。
「ゴメンっ、熱かったか!?」
 オレは慌てて誓唯の頭に掛け始めたシャワーを止めた。
「いや…――ちょっとびっくりして…感覚が掴めなかったから…」
 湯加減確認したのだけれど、やはり自分でするのとは勝手が違う。誓唯が思っていたより熱かったか温かったのか…オレがもっと気をつけるべきだった。
「悪い、先に湯加減教えるべきだったな。もう少し温くするか?」
「もう、大丈夫。――続けてくれていいよ」
 応える誓唯の髪から雫が滴る、項垂れたままの彼の表情は見えなかった。その誓唯から見えるはずもないのにオレは頷いて、再びシャワーを出した。

 
 試しの後遺症の所為なのか、誓唯は手足の麻痺と痛みに苦しめられている。それは日常のささいな事さえもままならい、想像以上に辛い日々だ。少しでもその手助けが出来れば…そう思って、風呂の手伝いを言い出したのだ。
『いいよ、そんなこと…』
『遠慮するなよ、オレ達兄弟じゃないか』
 断る誓唯をオレは強引に説き伏せた。【兄弟】というのはオレ達にとって必殺武器みたいな云葉で、お互いに相手に持ち出されたら断れないとわかっていたのだ。
『――わかった、頼むよ』
 そう云って誓唯は笑ったけど、その瞳の輝きが暗い瞳を宿していたこと…オレは本当はわかってた。


 オレは左手でシャワーを持ち、誓唯の黒髪を右手で掻き回しまんべんなく濡らしていった。誓唯の白い項が湯気の中でほんのりと淡く染まる。ただ黙っていると美術品のように綺麗な誓唯が、血の通った人間であると感じられる。同時にオレの胸の鼓動が少し、早くなった。
 オレはこっそりと咳払いをした。
「痒いとこ、ないか?」
 そういいながらシャンプーを垂らした髪を泡立てようとした。
「ありがとう、繪委。後は自分で…」
「いいって、そんな手じゃ隅々まで洗えな――」
 云った瞬間、誓唯全身が強張ったのがわかった。
(オレは――っ!)
 思わず唇を噛み、後悔していた。そんなつもりじゃなかったの、
「誓唯、ゴ…」
「謝るな、繪委。――謝るなよ」
 そう云って誓唯は振り返った。オレを真直ぐに見つめ、微笑む。その潤んだ瞳に光っているが湯気で為ではないことを…オレは知っていた。


 誓唯はその日は、最後までオレに風呂に入るのを手伝わせてくれた。でもそれが最初で最後だった。その後は、もう誓唯がどんなに辛そうにしていも誓唯の手伝おうとは言い出さなかった。そして、誓唯も――。
(人間になったら全てが変わると思った。けれど…)
 見守ることしか出来ない…それは神精霊であっても人間【ヒト】であっても変わらない――その事実が辛かったことを…覚えている。

 
 誓唯の病状が良くなった今では、彼自身忘れているかもしれないし…そうであって欲しいと思う。
 けれど、その苦い想いすら、繪委にとっては全てが愛しく懐かしく…掛け替えのない思い出だった――。



Fin.


※なんか突然に書きたくなってしまいました。実は、誓唯の「後は俺が…」の後の繪委の台詞は、「中途半端じゃないか、最後までやらせろよ」だったんですが…自主規制(?)です。だけどこれって、絵で書いた方が絶対色っぽいし、実は絵で浮かんでたのは別は感じでした。コンテ切ったら描いてくれるでしょうか (^^;)
鈴蘭
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