聖誕祭

 誓唯と繪委は大学入学と共に寮を出で、中学生の少女の家庭教師のバイトを始めた。
 初めは戸惑うこともあったけれど、半年以上も経ってすっかりそれにも慣れたある、冬の日のこと――

「なあ、今年はツリー、飾るか」
 帰ってくるなり繪委が云った。
「どうしたんだ。いきなり――」
 不思議そうにそう訊ねた後に、誓唯は可笑しそうに微笑んだ。
「もしかして、一夏ちゃんの家のを見て欲しくなったのか?」
 二人の生徒の橘一夏、彼女の家のリビングに立派なツリーが飾ってあった。
 自分の担当に時に見ていた誓唯は、冗談のつもりで口にした。だが、繪委が僅かに顔を赤くした様子から図星だったらしい。
「おい、…秘かに笑うなよ」
「――笑ってなんかないよ」
「嘘つけ、間があったぞ。どうせ、子供っぽいとか思ってんだろ」
「そ、そんなことないよ…」
 じと目で繪委に睨まれて、誓唯は誤魔化すようにカレンダーを見る。
「あ、ツリー飾るんなら急がないとな。週末に一緒に買いにいこう」
「無理しなくていいぞ、そんなの一人で買ってこられるしな」
 誓唯を不服そうに見て、繪委は拗ねたように云い張った。だが、
「一夏ちゃんの誕生日プレゼントも探せるし、ちょうどいいじゃないか。それに…本当いうと俺も羨ましかったんだ、一夏ちゃんの家のツリー」
 少し照れ臭そうに誓唯が告白すると、繪委もようやく顔を綻ばせた。
「じゃあ、そういうことにしといてやる。週末、付き合えよ」
「ああ、わかったよ」
 嬉しそうな繪委に、誓唯も応えるように大きく頷いた。


 次の週末、二人は予定通りに買物に行く事になった。大物のツリーは後回しにして、まずは一夏の為の誕生日プレゼントをあれこれと見て回った。
 買い求めるのはアクセサリー。宝飾売場や店鋪を幾つか回ってみたが、少女に似合うような物を決めれずにいた。
「女の子のプレゼントって、結構難しいな」
 思わず呟く繪委とは逆に、誓唯は先ほどからずっと黙っていた。その思案気な横顔から、彼に何か考えあるのだと繪委にはわかった。
「誓唯、何か気になってるのがあるのか?」
「――やっぱり、あのネックレスにしようか」
「え…それって、真珠のやつか」
 さっき後にしたばかりの店で、最初から誓唯はその真珠のネックレスに目を止めていた。
 しかし、少々値が張る物だし―それは二人共構わなかったのだが―、却って一夏やその両親に気を遣わせることになるかもしれないと止めたのだ。
「そうなんだけど…。一夏ちゃん、古風な所があるし…結構似合うんじゃないかな」
 不確かそうに云ってはいるが誓唯は決めているのだろう。
(――誓唯…あんなこと言ってたのにな)
 繪委は知らずに苦笑していた。


 一夏へのプレゼントをアクセサリーとしたのは、二人が思いついたことではなかった。
 たまたま講議が一緒になった友人の彼女に相談したところ、候補にあげていたファンシー小物やぬいぐるみを彼女は一蹴した。
『大却下! 身に着けられるもの…そうよ、アクセサリーがいいわ』
『え、…でも校則も厳しいみたいだし』
『ああ、まだ中学生だしな』
『校則も関係ないし、もう中学生よ。藤堂くん達から貰えるならその方がいいわ。絶対喜んでくれるから』
 自信満々に彼女は告げた。

『俺達からなら…って、どういうことかな』
『背伸びしたい年頃ってことだろう』
 不思議そうに首を傾げている誓唯に、そう答えたけれど…本当は繪委は【小さくても女の子】…とほのめかした彼女の云葉の意味を理解していた。
 素直で優しい一夏は、たとえどんな物を貰ったとしても喜ぶに違いない。
 だが、少女が誓唯に向ける視線の意味を繪委は気付いてたからだ。

『どういうことかな』
 そんな惚けた応えの一方で、無意識に…あるいは本能的に、一夏の本質を見極めている。そんな誓唯ならいつか一夏の気持ちにも気付くことがあるのだろうか。
 そんな先のことは―誓唯がどう応えるのか―繪委にはわからないけれど、穏やかな二人が並ぶ姿を微笑ましいとも、寂しいとも思った。

「…長く使えるものだろ。繪委はどう思う?」
 繪委の一瞬の思考など知らずに同意を求めてきた誓唯に、繪委は笑顔を向ける。
「いいよ。冠婚葬祭にばっちり使える、それで決まりだ」
 戯けるように云う繪委に安心したように誓唯が微笑むのを認め、彼は続けた。
「じゃあそっちは誓唯が頼む。オレはツリーを買ってくるから…途中で落ち合おう」
「え…、それは一緒に帰り道で買えばいいだろ」
「もう暗いし、方向が違うんだから二手に別れた方が早く済むだろ。いつもの所でな」
「…ああ、」
 そう云って押し切ると誓唯も納得したように頷いた。




 一夏の為のプレゼントを買い求め、待ち合わせの場所についたのは誓唯のが先だった。
 駅前の大通りに面した歩道のベンチ…。いつの間にかここは、【いつもの待ち合わせ】場所になっていた。
 イルミネーションに彩られた街並と、せわしなく行き過ぎる人々を眺めていると、
(そういえば…ちょうど今ぐらいだったかな――)
 自然と、5年前の…繪委と迎えた初めてのクリスマスのことが思い出された。


『なあ、寮はいつ出る?』
 私立鎌倉湘南学院の寮も、夏休みと違って年末年始は完全に閉められる。
 ほとんどの寮生は終業式の日に続々と引き上げるし、誓唯と繪委も当然そうしなければならなかった。
『そうだな、父さん達が戻るのが28日だから…』
 海外赴任している両親の帰国の予定が書き込んであるデスクカレンダーを手に取った誓唯は気付く。去年のクリスマスを一人で過ごしたことに…。
 両親の帰国に合わせ、誓唯は滞在できるギリギリまで寮で過ごした。人気のない寮で迎えたクリスマスは―TVが伝える賑わいとギャップがあって―心細くて寂しかった。
 けれど今年は、一人ではない――誓唯の目が繪委へと向けられ、それを感じたように顔を上げた彼と目が合う。
『うん、今年は早めに引き上げようか』
「おう、――せっかくのクリスマスはやっぱり家で祝いたいもんな』
 誓唯の提案に嬉しそうにニカッと笑った繪委は…やはり自分とシンクロしているのかもしれない。
 思わず笑った誓唯に、繪委が訝しそうに眉を潜めた。
『何笑ってるんだ?』
『いや…ならツリーを飾ろう。確か…どこかにしまってある筈だから』
『ホントか。実はやってみたかったんだ』
『そうだと思ったよ』
 まるで子供のように瞳を輝かせた繪委に、誓唯もつられるように笑った。

 けれど何処にあるのか見つけられなくて…結局は新しいツリーを買いに出た。
 あの頃の誓唯は手足の麻痺が酷く、少しの距離を歩くのにも時間がかかった。繪委はそんな誓唯を急かすことなく、ゆっくりと付き合ってくれた。
 そのツリーは実家にまだある筈だったが、繪委と暮し始めた新しい部屋にはやはり新しいツリーが欲しかった。

 久しく忘れていたクリスマスが待ち遠しい感覚。それは子供の頃のよう――とは、少し違う。
 誓唯は手にしたプレゼントに目を落とした。贈り物を用意するその行為が…とても楽しく感じられる。それは与えられることを待っていただけの幼い時とは…まったく違うのだ。
 誰かの為に何かを計画し、行うことがこんなにも嬉しいのだ。

 一夏には誕生日のプレゼント、繪委と自分にはツリーを――

 ささやかだけれど確かな幸せの象徴…見ているだけで、誓唯は心が温かくなるような気がした。
(選べなかった俺だけど…)
 逃げることしか出来なかった卑怯な自分でも、そんな楽しみを求めてもいいいのだと、思えた。
 そんなことも全て、傍らにいてくれる繪委が…気付かせてくれた、教えてくれる――。



(誓唯、もう来てるな…)
 ぼんやりと人の流れを見つめている誓唯を、繪委は遠くからでも見分けられた。自分にまだ気付いていないらしい誓唯を、心置きなく眺めるのが実は繪委の秘かな楽しみだった。
 それは鏡の中から誓唯を見つめていた頃と少し似ていて…まったく違っているから。
 どれほど近くにいても声の届かなかった昔とは違う…。今のこの距離があったとしても、自分が呼べば誓唯は確実に振り返る――その確信が嬉しかった。
「誓…」
 彼の名を呼ぼうとした云葉は口の中で止まった。
 誓唯の眼差しは手にしている金の紙バッグに…一夏への贈り物に注がれていた。それはとても柔らかな――幸福そうな笑みなのに、何処か哀しく、寂しかった。
 彼に近付くことが躊躇われて、繪委は知らずに立ち止まっていた。
 だが、まるで自分の視線に気付いたかのように誓唯は顔を上げた。そして、誓唯は嬉しそうに微笑んだ。
 自分に向けられる無防備な―信頼と親しみをこめた―笑みはいつもと同じ。
 しかし、繪委はわかってしまた――そうではない、本当はとっくにわかっていた。誓唯が誰も知らない所で、あんな哀し気な笑みを浮かべ続けているのだと――。
 手を上げて応え誓唯の元へ向いながら、彼の綺麗で儚くて…透明な彼の笑みに――繪委の胸が傷んだ。


「ツリー、随分と大きいのにしたんだな」
 家路を辿る道すがら、繪委が手にしている大きな包みに目を止めた誓唯の声音は面白がっているようは響きだった。
「もう安売りしてたからな。一夏ちゃんのとこには叶わないけど、せっかくだから豪華のがいいだろ。そっちは?」
「うん、この通り。時期が時期だから、クリスマス仕様になったけど」
 洒落た金のバックを掲げてみせる、中には赤と緑のクリスマスカラーで彩られた包みが覗いていた。誓唯としては誕生日プレゼントとして上げたかったのだが…繪委はちゃんとその意図を読み取ったように頷いた。
「仕方ないさ、カードに書けばいいだろ。――そうか、サービスで付けてくれるのもクリスマス用か」
「それは両方くれた。でも最初からカードは別で用意するつもりだったからいらなかったんだけど……ああ、そうだ」
 誓唯は思わず店員とのやりとりを思い出し、苦笑した。
「何だ?」
「『彼女へのプレゼントには名前が彫れるこちらの商品が人気ですよ』って、しつこく指輪やペンダントを薦められて困ったよ」
「ハハ、やっぱりな。だから男二人で買うのはイヤだったんだよな」
「そうなのか…? ズルイぞ、繪委」
 繪委の軽口に誓唯も怒った振りで睨むと、彼はさらに戯けたように訊ねた。
「冗談だって、で…誓唯はなんてったんだ。彼女へのプレゼントって言われて?」
「え? 別に…知り合いへの贈り物なだけで……」
 答えかけていた誓唯の眉が、僅かに潜められた。
 あくまでも真珠のネックレスを希望する彼に、店員は諦めて包装してくれた。そして、バッグを渡す時に云った。
『真珠には別名があるんですよ、人魚の涙って』
 たわいもない世間話なのに、、誓唯はドキリとした。

――白は光…、黒は闇…――君のために流された涙かもしれない…――

 脳裏に鮮明に蘇った涼やかな声…清廉で美しいあの人の面影と共に――

「誓唯?」
 繪委の不思議そうな声に誓唯は我に返る。いつの間にか立ち止まっていたのだ。
「あ、ああ…何…話してたんだっけ――」
 慌てて訊ねる彼に繪委は優しい笑みで頭を振り、
「いや、…とっとと帰ってツリー飾ろうぜ」
「わ…っ」
 誓唯の肩をバンっと気合いを入れるように叩き、繪委は足を早めた。先を歩くその後ろ姿が彼を先導をするようだと思った。
(――俺は何を心配、しているんだろう……)
 真珠がたとえ涙の象徴だと…そんな謂れがあるとしても、それは白い、光の涙のはずだから――
「そうだな、早く飾らないともったいない」
 そう答えて、遅れないように繪委の後を追った。その誓唯を繪委は確かめるように首だけを巡らし振り返る。そして、
「ちゃんと、着いてこいよ」
 そう告げた。
(ああ、繪委――)
 繪委の力強さや強引さは、誓唯に立ち止まっている事を許さない。そうして、『傍にいる』――といつも安心させてくれるのだ。
 きっと、これからも変わることなく――。



 そうして、誓唯と繪委が出会って5年目の―2003年の―クリスマスが、もうすぐ訪れる。



Fin.


ズバリ、クリスマス話じゃなくてごめんなさい。しかも、やっぱり切な系だし…。当初の予定は、二人の初めてのクリスマスだったんですが(3回くらい書き直した…)、『短夜』と被るし…なんとなくこっちにしました。オンラインは本家設定部屋ですが、♯13は観れていない人もいるので特別編とすると、これが二人が迎える最後のクリスマスになっちゃうわけですよ(そりゃあ切ないね… ^^;)。
一夏が出せなかったのですが、うっかり出すと長くなってしまうので…ご容赦ください。
鈴蘭
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